にだてんとおひたしさん
先日おひたしさんと会った。
おひたしさんとは、にだてんの同業者であり、今回ピックアップのゴミ捨て作業を手伝って貰ったのである。
同業とはいえ、我々の世界の専門は数多い。
にだてんは広く浅く商っているが、おひたしさんは主に片方だけの靴下と、靴を専門に扱っている。
二人はピックアップに溜まった大量のゴミどもを、某所にあるブラックホールに軽トラ二台分ほど捨ててきた。ブラックホールは非常に便利な存在であるが、それ故に管理している企業と仲良くならないとこういう使い方はできない。
ゴミが重力に押しつぶされるほんの一瞬のきらめきを眺めるのは、いつもながら乙なものである。
これで利用料金がもっと安ければ言うことがないのだが。
さて、ゴミ捨てが無事に終わったところで、おひたしさんが商品の仕入れに行くのでついてこないか、と言う。
専門違いではあるが、やはり仕入れ場所となると興味が湧く。
是非に、という次第でまずは片方の靴下の仕入れ場所に向かった。
そこはひと目では商売をやっているとは見えない。どころか人がいるのかすら定かでない廃寺だった。
おひたしさんにうながされるままついて行くと、本堂の入り口ではなく、床下に潜っていくではないか。
にだてんがでかい体を折り曲げて這いずっていくと、急に開けた空間に出た。
そこのいたのはたくさんの猫であった。
多摩丘陵の狭間に生息する資本主義の権化のような猫と違って、ここの猫たちはいかにも歴戦の修羅場をくぐってきたような面構えをしていた。
そしてその猫たちの前には靴下が山になって積んであったのだ。
「おう、また来たか」
猫の中でもひときわ大きい、片目のつぶれた猫がドスの効いた声で話しかけてきた。
「ええ、今日は5kgほどいただきましょうか」
「なんだ。そんなもんでいいのか」
「ちょいとおまけしてくれたらありがたいんですがね」
猫とおひたしさんは丁々発止の交渉をはじめた。
ときおり、三毛猫がそろばんをはじいてボス猫にささやいている。
しばらくして話がまとまったのか、大袋に詰められた靴下が出てきた。
おひたしさんは猫たちに支払いをして、我々は外に出た。仕入れ値はさすがに企業秘密であるから書けないが、意外に安いものだ、と思ったことは書いておこう。
「これをネットだったり行商だったりで売るわけです」
「片方の靴下なんて売れるんですか?」
「だって靴下はよく片方なくなるじゃないですか」
なるほど。片方の靴下がなくなって、片方しか残っていない場合、もう片方を買えばまだ使えるのである。
しかし、片方の靴下がなくなるのは、おそらくあの猫たちが盗んでいるからではなかろうか。
日本の裏にはまだまだ暗い闇があるとにだてんは戦慄したのである。
続いて行ったのは同じように崩れ落ちそうな廃教会であった。
「ここは靴の仕入れ場所です。月に二度競りがあるのです」
おひたしさんについて行くと、教会の中にはたくさんの犬。
そして同業者と思われる男たちが陣取っていた。
「本日の競りをはじめます。まずはクロックスのサンダル!」
そう言って出されたのは、片方だけのサンダルだった。その片方のサンダルに対して人間たちが値をつけていく。
競りが進んでいっても出てくるのは片方の靴ばかりであった。
「靴も片方だけなんですか?」
おひたしさんに聞くと、片方の靴を買うと犬たちがもう片方の靴を持ってきてくれるという。
ここにも日本の暗部が垣間見えたのだ。
今回見てきた場所は普段なかなか目にすることがない、いわゆるプロの人間だけが出入りする場所であったが、実際のところ、日本の古物業のほとんどは犬と猫が仕切っているのだ。
昔は狸や狐が多かったが、だんだんと勢力が変わってきたらしい。
実を言えば、にだてんも猫なのである。
にゃあ。